評価しやすい計画は、実施もしやすいし、改善にもつながりやすい(子育て・子育ちいきいき計画・傍聴記②)

Download PDF

【「評価することを前提」にした計画とは、どんな計画でしょうか?】

そもそも、「評価」とは、「目指すべき目標に対して、現状はどういう状態にあるのか」ということを、示すものです。

ということは、逆に言うと、「目指すべき目標」と「評価すべき現状」が、明確になっていることが大前提であり、そうでなければ、評価をすること自体が困難になります。

 

【国分寺市の「施策評価」の問題点】

いきいき計画では、全部で11の施策を定めています。

たとえば……

施策1:子どもの権利に対する理解を広め、深める

⇒未来像・あるべき姿:子どもの自主性を高める活動や支援等の環境が整っている

・・・とあり、これが「目指すべき目標」となります。

一方、「評価すべき現状」については、施策につながる33の個別事業ごとに評価し、「その平均値」を「施策評価」としていますが……。

これについては以下の課題があります。

 

①まず、目指すべき目標が漠然・曖昧であることから、そもそも「達成度」をはかることが難しい。

 

②個別事業の平均値が、必ずしも「施策の達成度」とはならない。

 

  • 理由1:施策を達成するために、個別事業が関連し合っているわけではないので、極端に言えば、あるひとつの個別事業の成果によって、飛躍的に目指すべき施策が達成される場合もある。

 

  • 理由2:そもそも論として、その施策を達成するための手段として、その個別事業が適切・的確なのかという評価も、一方では必要になってくる。個別事業の単体ごとの評価では「A」であったとしても、施策の達成度としてみると、とてもA評価はできないという場合もある。こういう「ズレ」も評価することによって、事務事業の見直しにつなげることも大事。

 

  • 理由3:事務事業の評価自体が、施策とはまったく関連のないものになっている。

※たとえば、「子どもの権利に対する理解を広め、深める」という施策を実行するための事務事業として「スポーツセンター、プールの個人開放」とあり、個人利用者数が挙げられているが、どうも「子ども」に限定したものではなく、「市民」になっている。

 

  • 理由4:いまだに事務事業評価が、「アウトプット」の評価になっているものが多い。

※アウトプット評価とは、たとえば「今年度、講演会を5回予定していたが、無事5回開催できたので、A評価」というもの。本来の評価は、5回の講演会をしたことによって、施策目標である「子どもの権利に対する理解を広め、深める」ことにどれほど貢献できたか、をはかるものであるべき。

 

 

【評価するためには、施策、つまり計画自体が明確であるべき】

「北へ行きましょう」と言われただけなら、受け取った側のイメージで、「北海道」から「小平市」まで、様々目的地が異なってしまいます。

 

たとえば、施策1の「子どもの権利に対する理解を広め、深める」、未来像・あるべき姿として「子どもの自主性を高める活動や支援等の環境が整っている」という文言は、まさに「北に行きましょう」と同じレベルです。

人によって、目指したいレベルや内容がさまざま考えられ、浮かんできます。

「子どもの権利」という言葉が周知されることで良しとするのか、年数回のイベントで子どもの自主性を高める活動が実施できたら良しとするのか。

もっと言えば、「子どもの自主性」をどう捉え、どのように支援するのが適切なのかということも、人によって受け止め方や考え方の幅がかなり違ってきます。

 

肝心要の、この「目標」を明確にしない限りは、当然のことながら、的確な実行につながらず、いつまでたっても目標は達成されません。

 

 

【明確な目標と、明確な評価基準(ベンチマーク)が設定されていない計画のもとでは……】

「ベンチマーク」については、まず、過去の記事をご覧ください。

 

ひとつひとつの施策を立案するとき、「どういう状態を目指したいのか」という思いがあり、その思いがあって、言葉を選び、明文化するわけであるから、本来であればベンチマークの設定はさほど難しくはないと私は思うのです。

でも、ベンチマークの設定を難しくしている一つの大きな理由は、国分寺市の計画策定自体が、「事務事業ありき」、「現状ありき」というところからスタートしているからだと、私は考えています。

 

「子どもの権利に対する理解を広め、深める」ために⇒「どういう取り組みが必要なのか」⇒「そのためにはどのような事務事業を実行すればよいのか」という流れではなく、時流に添った施策(文言)を考え、すでにある事務事業からその文言に当てはまりそうな事業をとりあえず寄せ集めて、「計画」にしてしまっています。

 

極端に例えて言えば、「寄せ鍋をつくる」という施策をたて、ちょうど冷蔵庫にサンマがあったから、「魚(サンマ)を入れる」という事務事業を実行している、ということです。

つまり、「寄せ鍋」⇒「具として魚を入れる」、サンマ=魚だから、いいだろうということでしょうが、まったくいいわけがありません。

寄せ鍋をつくるという新たな目標をたてたわけですから、その目標に沿った魚を入れるべきなのです。

 

個別事業を一つひとつ見ていくと、こういうズレが結構あって、下手したら鍋に入れるはずの魚が天ぷらになって出てきているみたいな(前述のスポーツセンターの個人開放のような)、もう全然寄せ鍋関係ないじゃん、寄せ鍋つくる気もないし、違う目的で勝手に料理しちゃってるじゃんみたいなケースも多々あります。

 

 

【つまり、前期のいきいき計画は、様々な意味で評価が難しい計画ということになりますが】

タイトルに戻って言えば、進むべき方向性を明確に指し示した「計画」でなければ、「実施」も「評価」も「改善」も、ぶれるということです。

 

 

 

 

tomoko