ふるさと回顧

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私の出身地である「広島県竹原市」が、NHKの朝ドラの舞台になっているそうですが、
朝ドラ視聴が習慣化されていないので、見たいと思いながらも、いつも見そびれてしまっています。
もう、今の時期になると、内容についていけないだろうし、見るのを諦めました。
ところが、大河ドラマ同様、朝ドラの舞台ともなると、影響も大きく、
某携帯電話のCMやバラエティ番組に取り上げられています。
「懐かしい」と思いきや、実はそうでもないのです。

 

小学校4年生から大学進学までの約10年間という、思春期から大人への入り口に至るまでの、
実に多感な時期を過ごした「ふるさと」ですが、
親の定年退職を機に実家が転居したこともあり、もう
4半世紀以上もご無沙汰してしまっています。
しかも、竹原市は自治体の面積が
100k㎡強と、国分寺市の10倍もあります。
テレビに映る映像を見ても、行ったことのない場所だったり、新しくできた観光スポットだったりして、「浦島太郎状態」というよりも、「初めまして状態」なのです。

 

私は、広島県三原市で生まれ、その後、竹原市〜千葉県千葉市(大学時代)〜市川市(就職)〜奈良県桜井市(結婚)〜国分寺市(上の子出産直後)と、移り住んできました。
ライフステージと転居が微妙に重なっていることもあり、どの場所にも、とても強い思い入れや思い出があります。
いつか時間の余裕ができたら、思い出の地を辿ってみたいなという気持ちがあったのですが、
今の竹原のように、おそらく「当時のまま」で迎えてくれる可能性は限りなく低く、
懐かしさを感じるというよりも、「懐かしい場所が無くなってしまった」という、喪失感の方が強いのかもしれないなーと、少しばかりおセンチになっていました。

 

ところが、インターネットで竹原の情報を収集してみると、母校の高校が廃校寸前になるなど、過疎化・少子化の影響で、大変厳しい状況にあることを知りました。
ブログ等で、かつての同級生たちなど地元の人たちが、様々な試行錯誤をしながら、まちを盛り上げようとしている様子も伺え、
「変わること」は、「私の知っているふるさとが無くなってしまった」ということではなく、
「ふるさとが、元気に成長しているということ」なんだと、思い直すことができました。

 

一昨年の夏には高校、今年の年明け早々には小学校の、それぞれ同窓会があったのですが、
今の実家から竹原市に行くとなると4時間もかかる小旅行になるので、なかなか都合がつかず、
そのことも、ふるさとが遠くなってしまったように感じる一因となっていました。
けれども、先日、同窓会の幹事から、「今後も継続して集まる機会を持つから、その時にはぜひ」との、丁寧なお手紙をいただきました。

 

国分寺市は、「住み続けたいまち、ふるさと国分寺」という、キャッチフレーズを掲げています。
毎年、一割の住民の転入出があるというデータからすると、「国分寺市に住んだことがある人」は、ずいぶん多くいらっしゃるわけですが、
その中で、どのくらいの方が、「国分寺がふるさと」だと、感じてくださっているのかな。

 

「ふるさとだと、思い続けていただけるまち、国分寺」になるよう、竹原の仲間たちに負けないように、
私も頑張ります!!

tomoko