妊娠中に必要な支援とは?

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矢島助産院を取り上げたテレビ番組を見たことが契機となって、
ここ数日、自分自身の様々な体験を書き綴っているわけですが、
単なる愚痴で終わらせないで、「社会的な課題」へと昇華させていくことが、議員の役目でもあります。

 

毎回の内診やおっぱい指導には不満が残りましたが、第一子妊娠時に通っていた病院は、
当時(19年前)としては先進的な取り組みをしていました。

今では当たり前のようになっていますが、出産時の配偶者の立ちあいも認めていました。そして、その場合には、「母親学級」に、配偶者も参加することが条件となっていました。

また、定期健診についても、医療的な診察や相談は医師が受け、
その他、生活全般にかかわる様々な悩み事・相談ごとに関しては、
病院付きの助産師が別室で対応してくれました。

 

あるとき、マタニティ雑誌に載っていたアトピーに関する情報について質問したのですが、
「知らなかった。次までに確認してみます」と言われ、
その通りに、一か月後の健診時に、それに対する見解を伝えてくれました。

とかく専門家と言われる人は、自分が一番よく知っているというプライドがあるせいか、
素人が自分の知らないことを言ったとき、「そんなことがあるはずがない」と、否定する場合も少なくありません。
けれども、その情報を聞いたことで不安になっている人に対して、情報の存在自体を否定したり、不安になっている状態を批判しても、何の解決にもなりません。

その助産師は、アトピーに関するある情報が出回り、そのことで不安になっている妊婦がいるという、目の前の事実をしっかりと受け止めてくれました。
そして、情報の正確性を含め確認してくれ、それに対してどう向き合っていけばいいのかということについては、不安の種を一つひとつ質しながら、一緒に考えてくれました。
わからないことや不安なことを、一方通行の文字情報ではなく、
双方向で生身の人間が答えてくれる心地良さというものを、しみじみと実感しました。

 

人はなぜ相談するのか。
悩みに対する「回答」を得たいというだけでなく、
不安な気持ちを受け止めてもらいたいという感情もあるのではないでしょうか。

その際に、その人の周辺情報をより把握していることが、適切で的確なアドバイスにもつながります。
そのことから、妊娠中の相談支援については、出産する医療機関(助産院も含む)で対応していくことが、もっとも効果的であると私は考えています。

 

それなのに、同じような内容の「母親学級」「両親学級」を行政が実施しています。

税金を効率的・効果的に使っていくためにも、民と官の役割分担を進め、この事業は廃止すべきと議会で指摘してきましたが、
「いまだに母親学級等を実施していない医療機関があるので、そういう人の受け皿も必要」との答弁。
一見、そうかなと思うでしょ。

でも、近隣医療機関における母親学級等の実施の有無についてのデータは一切ないんですよ。調査した形跡もない。

 

私は、行政が行う妊娠中の支援を、止めろと言っているわけではありません。
「行政がやらなくてもいい事業」を、「行政にしかできない事業」に転換し、
そこに投入されているお金や労力を、効果的に使うことを求めています。

 

国分寺市の現状としては、行政の縦割り組織の中で、「妊娠」「出産」「子育て」がぶつ切りになり、
継続した支援も、情報も、提供できていません。

また、妊娠前期の「母親学級」も、妊娠後期の「両親学級」も、交通の不便な保健センターで行われています。
市は、「駐車場があるのでお車で」と答弁していますが、車の運転ができない妊婦や、妊娠期で車の運転や乗車を控えている妊婦もいます。

また、「母親学級」は平日実施なので、仕事をしている妊婦は参加できません。
市は、「そういう方の為に、両親学級は土曜日に実施しています」と答弁していますが、そもそも「母親学級」と「両親学級」とでは講習内容自体が違います。

 

私は、これまで自分自身が体験してきた妊娠期特有の体調の波と、
出産後のめまぐるしい生活と精神状態を踏まえ、
地域の親子ひろばで、「母親学級」「両親学級」を開催することを求めています。
国分寺市では、小学校区に一つ設置を目標にして、親子ひろばを整備してきました。
そのことから、妊婦が歩いて参加できること。
もうひとつは、実際に赤ちゃんに触れ、先輩のママさんから生の地域情報を聞けるということ。
さらには、一度行ったことのある場所は、再度行きやすいということ。
これらが妊婦側にとってはメリットであり、
まさに、妊娠~出産〜子育てと、切れ目のない継続した支援体制の構築につながると、
ここ数年来、議会で継続的に求めてきましたが、
「労力が分散され、経費もかかる」という、
まさに「支援する側の都合」を並べ立て、なかなか抜本的な転換につながりません。

 

どう思いますか?

tomoko