「認知症」の内面にアプローチする

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 11月7日(土)、連続講座「共に生きる地域をつくろう 〜認知症の人を支える地域づくり」に参加しました。講師は、元・杉並区の保健師で、現在はフリーの保健師としてご活動されている檜谷照子さん。
まず、4〜5人のグループごとに「認知症のイメージ」を出し合いました。
いろんなことを忘れる、歩き回る、こだわりが出る、今までできたことができなくなる、被害妄想、着るものの感覚がなくなりチグハグ(色、季節)になる、人格が変わるなど、“これまでにも語られてきた一般的なイメージ”が多く出されましたが、家族などこれまでに認知症の方と接したことのある人からは、一生懸命生きている、一見不可解な行動であっても理由がある、感情は最後まで残る、忘れてしまうので本人はとても不安な状態など、“これまであまり取り上げられてこなかった視点”からのご意見がありました。
80代になったら4人に1人の割合で発症すると言われている「認知症」ですが、症状が個々の状況によって違うので、周囲もどのように対応すればいいのかわからないことも多く、「将来自分が・・・」あるいは「もし家族が・・・」と、不安を抱えている人も少なくありません。
また、実際に介護をされている方は、「日々、戦っています」という参加者の言葉に象徴されるような、先の見えない、暗闇の中でもがいているような状況です。

では、当の本人はどのような状況でいるのでしょうか。
記憶も認識も失われていくからといって、決して無心であったり、ましてやお気楽な状態にあるわけではありません。
私たちは通常、見慣れた景色や環境、見通しのきく状態の中で過ごすことによって、心の平安や安定を保っています。逆に、納得・認識できる状況にない場合、何をどのようにすればいいのかわからず、混乱してしまいます。それが、「認知症」の症状なのです。
便意をもよおしたけど、トイレがどこにあるのかわからない。あるいは、場所はわかったとしても、便器の使い方がわからない。そこで、これまでの知恵を総動員して、何とかこの状況を打破しようと試みるのです。

ある人は昔の記憶を辿って開けたふすまの先で行ったり、ある人は便器ではないところで行ったことに愕然として、なぜこのような不可解な状況に至ったのか辻褄を合わせようと着物の袂に入れて無かったことにしたり、きっとこれは幼い孫が粗相したんだと自らを納得させたり。

第三者から見ると、「わけのわからない行動」であっても、本人にとっては「認知できなくなった状況に対して、知恵を総動員して必死に対処している」との講師の言葉に、まさに目からうろこが落ちたような思いがしました。

 

認知症に限らず、相手の表面的な言動だけで決めつけるのではなく、自らの思い込みを排除し、当事者の内面へアプローチしていくことは、相手を理解し尊重する上では不可欠です。
私自身、あらゆる場面で繰り返し思い出して、自分自身の新たな気づきにつなげたいと思いました。

tomoko